「冨嶽三十六景」(46図揃)を午後の疲れた時に、熱いコーヒーを飲みながら、好きな1枚をじっと見ていますと、自分の思いを誰かに話したくなる気持ちになります。
小生の好みは「神奈川沖浪裏」(かながわおきなみうら)という一枚です。誰しも一度見たら忘れられない、あの巨大な波が小舟に襲いかかるような、その波の背の大むこうに富士山が悠然とその位置の確かさを示している。この絵を70才にして現地にて描ききったということは「驚き」の一言であります。
さて小生が好きな「冨嶽三十六景」に「尾州不二見原」(びしゅうふじみがはら)があります。大きな桶を作っている職人と、桶の中はるか向こうに富士山がそびえるという、全く考えられない構図です。
デザインの基本というか、人間の心の落ちつきと安定は、ビジュアル系から言うと、◯と△と□であるようです。これは20年も昔に米国を旅した時、東海岸の「ボルチモア」の港での光景で、実に街並の印象が鮮烈でハッとした時、同行していた建築の専門家に教わったことです。
デザインの基本は「◯△□の組み合わせとそのバランス」と言うことらしい。その点からこの「尾州不二見原」は、まさしくこの原理、原則的な絵としての構図です。4角四面の紙に丸い桶、その中に三角の霊峰富士であります。
この「不二見原」は、現在の名古屋市中区富士見町と言われています。高速道路の名古屋都市環状道路の右回り出口「東別院」から上前津方面に降りていくところがここにあたります。小生の毎日の通勤経路です。現状では、この場所から本当に富士山が見えたのかという思いですが、少々小高いまちで、今ではマンションや商業施設の混在地です。
「歴史上のロマン」というか「昔の面影の地」というか、ここを通過する時は、北斎の視界に入った美しい富士山のことを想い、しばしほっとするわけであります。